あなたの人生に名言を。
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寺山修司の名言一覧
作品は完成した答えではなく、見る人が自分の経験を持ち込むための空席である。
本の形そのものを遊び場にすれば、読むことは目だけでなく手や時間の体験になる。
一人の作家の世界も、異なる才能が出会えば、舞台や本の形を越えて広がっていく。
異国で伝わる作品は、言葉だけに頼らず、身体と光景で問いを差し出している。
記憶は一度できあがった物語ではない。思い出すたびに、現在から照らし直される。
過去から逃げるだけでは、過去は終わらない。語り直すことで初めて距離が見えてくる。
自伝は過去をそのまま保存する箱ではなく、現在の自分が記憶を並べ直す舞台である。
表現の形を一つに決めなければ、同じ問いを詩にも映画にも演劇にも育てられる。
詩は紙の上だけに住まない。声や身体や映像へ移るたび、別の入口を持つ。
日常を揺さぶるには、答えを教えるより、慣れた景色に疑問を置けばいい。
観客でいることをやめた瞬間、他人の物語だった世界に自分の役が生まれる。
劇場は建物ではない。人がいつもの振る舞いをやめた場所に、その場で生まれる。
想像するだけで終わらせず、街の中で試したとき、空想は人生の一部になる。
退屈な日常を変える最初の一歩は、用意された役割から少しだけ外へ出ることだ。
本で知った世界は、街へ出て人に出会うことで初めて自分の経験になる。
大体、不満屋ってのは世の中との折り合いが悪いんじゃなくて自分との折り合いが悪い奴のことなんだから。
詩人にとって、言葉は凶器になることも出来る。
私の存在そのものが質問なのだ。その答えを知りたくて生きてるんだ。
夢を深く見すぎると、いつかその夢に復讐されます。かと言って、夢を見ようとしない人は、いつも味気ない日を過ごさなければなりません。
つまらない書物というのはないが、つまらない読書というのはある。
石畳をめくれば、その下は砂浜だ! 文明の虚しさは、たかが一枚の石畳の厚さ。
鳥人の理想はあくまでも飛ぶことにあるのであって、飛ぶことによって何かを為すことにあるのではない。
どんな鳥も想像力より高く飛べる鳥はいない。人間に与えられた能力のなかで、一番素晴らしいものは想像力である。
賭博の構造の中には、きわめて回転の速い富の流通回路の構造がひそんでおり、弱者にも偶然のチャンスというたのしみが残されているのだ。
映画に主題歌があるように、人の一生にもそれぞれ主題歌があるのではないだろうか。
振り向くな、振り向くな。後には夢がない。
言葉を友人に持ちたいと思うことがある。それは、旅路の途中で自分が、たった一人だとい うことに気づいたときである。
さよならだけが人生。ならば、またくる春はなんだろう。
悪口の中においては、常に言われている方が主役であり、言っている方が脇役であるという宿命がある。
飛ばない鳥は飛べない鳥です。つまり能力はあっても彼は空を歩けない男なのです。
私は私自身の記録である。
死を抱え込まない人生に、どんな真剣さがあるだろう。
人間の「苦痛」という奴だけは、量るわけには参りません。「苦痛」こそはまさに、絶対。
先生と生徒の関係というのは、有識と無識という階級関係によっては成り立たない。
僕は政治主義が嫌いで、革命が好きである。
だれだ、あくびをしたのは。まだすることは一杯あるんだ。
ふるさとなどは、所詮は家出少年の定期入れの中の一枚の風景写真に過ぎないのさ。
漂泊とは たどりつかぬことである。
救済というのは、集団の中で発揮される個人的なエゴイズムにすぎない。だれが、欠けた茶碗を、枯れた一本の木を救済などできるものか。
男はだれでも 死について想っている 男にとって『いかに死ぬべきか』という問いは『いかに生くべきか』という問いよりも はるかに美的に響くのだ。
一つのことを信じる ことは、別のことを裏切るということだ。信じるというのは、残酷なことなのだ。
片想いってなに?と女の子が訊きました。想像力の愉しみだよ、と僕は答えました。
私は必ずしも「競馬は人生の比喩だ」とは思っていない。その逆に「人生が競馬の比喩だ」と思っているのである。
教育は与えるものではなく受け取るものである。
時には、言葉は思い出にすぎない。だが、時には言葉は世界全部の重さと釣り合うこともあるだろう。
人の一生は かなしい時計番の仕事にすぎない。
たかが言葉で作った世界を言葉でこわすことがなぜできないのか。引き金を引け、言葉は武器だ。
明日何が起こるかわかってしまったら、明日まで生きる楽しみがなくなってしまうことだろう。
人は言語によってしか自由になることができない。どんな桎梏からの解放も言語化されない限りは、ただの解放感であるにとどまっているだろう。
人は誰でも、実際に起こらなかったことを思い出にすることもできるものなのです 。
寺山修司
寺山 修司(てらやま しゅうじ、1935年(昭和10年)12月10日 - 1983年(昭和58年)5月4日)は、日本の歌人、劇作家。演劇実験室「天井桟敷」主宰。
引用:
Wikipedia