名言一覧

あなたが望む世界を見るためには、あなた自身が変わっていかなくてはならないのです。

マハトマ・ガンジー

我々の信念は、常に燃え続ける灯火でなければならない。それは我々に光明を与えるだけでなく、周囲をも照らすのです。

マハトマ・ガンジー

もしあなたが恐れることを拒めば、あなたを怖がらせるものなど何もないのです。

マハトマ・ガンジー

恐怖は、マラリアや黒熱病よりも恐ろしい病気である。マラリアや黒熱病は体を蝕む。しかし、恐怖は精神を蝕むから。

マハトマ・ガンジー

たとえ一人になろうとも、全世界に立ち向かうのです! 世界から血走った眼で睨まれようとも、君は真っ向から世界を見すえるのです。恐れてはならない。君の心に響く、小さな声を信じるのです!

マハトマ・ガンジー

恐怖に屈すれば、真実さえも抹殺されてしまう。自らが正しいと信ずることを恐れずに実行するのです。

マハトマ・ガンジー

臆病者は数の力を喜ぶ。しかし、勇敢なる精神をもつ者は、一人戦うことを誇りとします。

マハトマ・ガンジー

強さは肉体的な力から来るのではありません。それは不屈の意志から生まれます。

マハトマ・ガンジー

何かを訴えたい、意志表明したいと思ったときに、それを話したり書いたりする必要はありません。行動し、生き様で示すしかないのです。私たちは一人一人の生き様を、生きた教科書にしよう。誰もがそこから学び取ることができるように。

マハトマ・ガンジー

行為が実を結ぶかどうかは、自分の力でどうなるものではなく、生きているうちにわかるとも限らない。だが、正しいと信ずることを行いなさい。結果がどう出るにせよ、何もしなければ何の結果もないのだから。

マハトマ・ガンジー

書物よりも見たり聞いたりすること、地位よりも経験が第一の教育者です。

ガリレオ・ガリレイ

自然はわれわれの知性にとっては限りなく驚嘆すべきことを最高度の容易さと単純さとで行なっています。

ガリレオ・ガリレイ

哲学はわれわれの目の前にひろげられているこの巨大な書物、つまり宇宙に書かれています。

ガリレオ・ガリレイ

聖書は我々にいかに天へ行くかを教える。いかに諸天体が動くかを教えるのではありません。

ガリレオ・ガリレイ

学者は、それゆえという言葉をしきりに使うが、なにゆえ、それゆえなのか俗人にはわかりません。なにか、偉そうな言葉で誤魔化されているようだ

ガリレオ・ガリレイ

どうして君は他人の報告を信じるばかりで、自分の眼で観察したり見たりしなかったのですか

ガリレオ・ガリレイ

あらゆる真実は一度発見されれば理解するのは容易だ。肝心なのは真実を発見することです。

ガリレオ・ガリレイ

責任を取れない人間は、科学者であってはならない。あなたに未来を作る資格はありません。

ガリレオ・ガリレイ

宇宙は数学という言語で書かれている。そしてその文字は三角形であり、円であり、その他の幾何学図形である。これがなかったら、宇宙の言葉は人間にはひとことも理解できない。これがなかったら、人は暗い迷路をたださまようばかりなのです。

ガリレオ・ガリレイ

学者ぶった先生は、屁理屈屋の有力な仲間に分類したい。屁理屈屋の狩りは概念を追いかけまわすことだから。

ガリレオ・ガリレイ

言葉や属性こそ、物事の本質に一致すべきであり、逆に本質を言葉に従わせるべきではない。というのは、最初に事物が存在し、言葉はその後に従うものだからです。

ガリレオ・ガリレイ

私はあまりに深く星を愛しているがゆえに、夜を恐れたことはありません。

ガリレオ・ガリレイ

科学はこの宇宙という名の分厚い本の中に書かれていて、私たちの目の前に開かれている。しかし、そこに使われている言語を学び文字を解釈しなければ、誰もその内容を理解できない。その言語こそは数学なのです。

ガリレオ・ガリレイ

忘れられることは許されることです。魅力的に愚痴を言うには、天才でなければできません

スコット・フィッツジェラルド

生得の才能は自然樹のようなもので、学問によって剪定することを必要とします。

フランシス・ベーコン

青年たちは判断するよりも発明すること、評議するよりも実行すること、決まった仕事より新しい企てに適している

フランシス・ベーコン

平和は戦争よりもよい。というのは、平時において息子たちは父親たちを埋葬し、戦時において父親たちが息子たちを埋葬するからです。

フランシス・ベーコン

子供は苦労を和らげる。しかし不幸を一段とつらいものにする。子供は人生の煩いを増す。しかし、死の思いを和らげます。

フランシス・ベーコン

富を軽蔑する、という人間をあまり信じるな。富を得ることに絶望した者が富を軽蔑するのだ。そして、こういう人間がたまたま富を得ると、何よりも始末が悪いからです。

フランシス・ベーコン

他の人に賛成するには、やはり自分の意見をいくらか加えるのがよい方針です。

フランシス・ベーコン

ある人が嘘をつくということを考えてみれば、それは、その人が神に対しては大胆であり、人間に対しては卑怯である、ということにほかなりません。

フランシス・ベーコン

嫉妬は常に他人との比較においてであり、比較のないところには嫉妬はありません。

フランシス・ベーコン

ある本はその味を試み、ある本は呑み込み、少数のある本はよくかんで消化すべきです。

フランシス・ベーコン

人間は、ある意見を、そうだと思いこむと、すべての事柄をその意見にあわせ、その意見が正当であると主張するのに、都合がいいように寄せ集めるものです。

フランシス・ベーコン

害をなすのは、心を素通りする虚偽ではなく、心の中に沈んで居座る虚偽であります。

フランシス・ベーコン

善がなければ、人間はただの虫けらにすぎないし、うるさい有害な劣悪な動物にとどまることになります。

フランシス・ベーコン

悪賢い人は勉強を軽蔑し、単純な人は勉強を称賛し、賢い人は勉強を利用します。

フランシス・ベーコン

空威張りする人間は賢者に軽蔑され、愚者に感嘆され、寄生的人間にたてまつられ、彼ら自身の高慢心の奴隷となります。

フランシス・ベーコン

外からの出来事が人の運の良し悪しに大いに関係することは確かだ。これには、他人の好意、機会、関係者の死、その人の美徳ゆえの機会などが入る。だが、自分の運をどう発展させていくかの問題は、その人の手中にしかありません。

フランシス・ベーコン

徳性は宝石のようなもので、あっさりした台にはめこまれたものが最上であります。

フランシス・ベーコン

大胆な人間の適切な用い方は、これを頭目として指揮させず、部下として他の指図を受けさせることにあります。

フランシス・ベーコン

われわれは自分の言葉を統御していると考えているが、しかし、われわれが言葉によって支配され統御されているのであります。

フランシス・ベーコン

賢者は現在と未来について考えるだけで手一杯ですから、過ぎ去った事柄をくよくよ考えている暇がありません。

フランシス・ベーコン

いかなる法律も宗派も学説も、キリスト教の教えほど善を重視したものはありませんでした。

フランシス・ベーコン

真の友を持てないのは全く惨めな孤独です。友人が無ければ世界は荒野に過ぎません。

フランシス・ベーコン

味見の為の本があり、丸呑みする為の本もあります。そしてごく少数の本だけが、かみしめ、消化する為にあります。

フランシス・ベーコン

眼を凝らして注意深く観察すれば、運命を見分けることができよう。運命は盲目だが、見分けられぬものでないから。

フランシス・ベーコン

浅薄な哲学は人の心を無神論に傾け、深遠な哲学は人の心を宗教へ導きます。

フランシス・ベーコン

自分の運をどう発展させていくかの問題は、その人の手中にしかありません。

フランシス・ベーコン

時間をぜんぜん消費しなければ、年において若くとも、時間においては老いていることもありえます。

フランシス・ベーコン

迷信の首魅は民衆です。すべて迷信においては、賢者たちが愚者どもに追随する。そして正常の場合とは反対に、まず実行があって、後から理論がこれに当てはめられます。

フランシス・ベーコン

風刺的な傾向を有する人間は、他人をして自分の機知をおそれさせると同時に、自分も他人も記憶を怖れる必要があります。

フランシス・ベーコン

歴史は人間を賢明にし、詩は多才あるものに、数学は鋭敏にし、自然哲学は深遠にし、倫理学は重厚ならしめ、論理学と修辞学は議論に秀でさせます

フランシス・ベーコン

真に栄誉は川のようなもので、軽くて、膨らんだものは支えて持ち上げるが、重くて充実したもの下に沈んでしまいます

フランシス・ベーコン

世に把握のために悪をなす者はいない。みんな悪によって利益・快楽・名誉を得ようと思って悪をなします

フランシス・ベーコン

虚偽を加味することは、金銀華の混合物のように、金属より実用に役立たせるかも知れないが、その質を低下させる

フランシス・ベーコン

裁判官としての職務は、法律を解明することに存し、法理とを制定することではありません

フランシス・ベーコン

天使は力において神と等しかろうと欲して法を破って堕ち、人間は知識において神と等しかろうと欲して法を破って堕ちました

フランシス・ベーコン

妻は若い男にとっては女主人であり、中年の男にとっては友であり、老年の男にとっては看護婦です

フランシス・ベーコン

すべてのものが変化するのは明らかだが、実際には消え失せるのではありません。物質の総量はつねに同じです

フランシス・ベーコン

妻子を持つ者は、運命に人質を入れたもなのです。というのは、妻子は善であれ、悪であれ、大事業の足でまといとなるからです

フランシス・ベーコン

人の天性は良草を生ずるか、雑草を生ずるか、そのいずれかです。だから、折を見て良草に水をやり、雑草を抜かねばならない

フランシス・ベーコン

我々は過去へ過去へと流されます。だから、流れに逆らうボートのように前へ前へと進み続けなければいけないのです。

スコット・フィッツジェラルド

物事をやり遂げるには、物事を続ける能力と同時に物事を初めからやり直す能力が必要とされます。

スコット・フィッツジェラルド

「誰かのことを批判したくなったときには、こう考えるようにするんだよ」と父は言いました。「世間のすべての人が、お前のように恵まれた条件を与えられたわけではないんだ」と。

スコット・フィッツジェラルド

一流の知性とは、同時にふたつの相反する考えを持ちつつ、さらにその両方を機能させつづける能力のことです。

スコット・フィッツジェラルド

偉大な小説は自分で筆をとります。ひどい小説は作家が筆をとるのです。

スコット・フィッツジェラルド

第一級の知性を計る基準は、二つの相対立する思想を同時に抱きながら、しかもそれらを機能させる能力を維持できるかどうかということでです。

スコット・フィッツジェラルド

意志には代用品がない。自分のなかに意志をまったく感じられないときは、嘘でもいいから意志をつくることです。

スコット・フィッツジェラルド

この世界にはあらゆる形の愛があるが、同じ愛は二つとありません。

スコット・フィッツジェラルド

大いなる思考は会議で生まれたことはなかったが、馬鹿な多くの考え方もそこで死滅しました。

スコット・フィッツジェラルド

良心の自由ほど魅惑的なものはないけれど、またこれほど苦しいものはないのだ。

フョードル・ドストエフスキー

太陽におなりなさい。そうすれば、誰もがあなたを仰ぎ見ることでしょう。

フョードル・ドストエフスキー

僕は、娼婦だ。1発4000ドルの娼婦であり、僕は、そのために40もの体位を熟知しています

スコット・フィッツジェラルド

挑戦をあきらめてしまうこと以外に敗北などない。自分自身の心の弱さ以外に乗り越えられない障害などない。

エルバート・ハバード

他人のせいにしない。他人の力をあてにしないで、自分でやる。言い訳なんかもちろん考えない。自分が見込まれ、自分が頼まれた以上、その信頼になんとしても応える。これがこの社会を支え、この世の文明を発展させていくのだ。

エルバート・ハバード

悩みは仕事よりも多くの人を忙殺する。なぜなら、多くの人たちが仕事よりも悩みと格闘しているからだ。

エルバート・ハバード

友人とは、あなたについて全てのことを知っているもかかわらず、あなたに親しみを持ってくれる人のことである。

エルバート・ハバード

未熟である間、私たちは成長し続ける。そして、熟したと思うときには、既に腐りかけているのだ。

エルバート・ハバード

恋の悩みや嫉妬はすべて退屈のなせるわざなのだ。惰性に押し潰されたのだ。

フョードル・ドストエフスキー

一番簡単で、いちばん明白な思想こそが、いちばん理解し難い思想である。

フョードル・ドストエフスキー

左翼は主として無神論の問題である。無神論に現代的な肉付けをした問題である。地上から天に達するためではなく、天を地上へ引き下ろすために、神なくしてたてられたバビロンの塔だ。

フョードル・ドストエフスキー

人は笑い方でわかる。知らない人に初めて会って、その笑顔が気持ちよかったら、それはいい人間と思ってさしつかえない。

フョードル・ドストエフスキー

絶望のなかにも焼けつくように強烈な快感があるものだ。ことに自分の進退きわまったみじめな境遇を痛切に意識するときなどはなおさらである。

フョードル・ドストエフスキー

苦しみと悩みは、偉大な自覚と深い心情の持ち主にとって、常に必然的なものである。

フョードル・ドストエフスキー

完全な自由というものは、生きていても生きていなくてもまったく同じになったとき、はじめて得られるものなんです。

フョードル・ドストエフスキー

人間には、幸福のほかに、それとまったく同じだけの不幸がつねに必要である。

フョードル・ドストエフスキー

人間の後半生は、通常、前半生で蓄積された習慣のみで成り立つ。

フョードル・ドストエフスキー

楽園は我々一人ひとりの内にあるのです。それは今私の内にもあるのです。

フョードル・ドストエフスキー

ある社会の文明の発達の度合いは、刑務所に入ってみることでわかる。

フョードル・ドストエフスキー

真の紳士は、持てる物をすべて失ったとしても感情を表してはならない。お金はまったく紳士の関心の外にあることであり、気にかける価値もない。

フョードル・ドストエフスキー

もちろん金は絶対的な力である。と同時に、平等の極致でもある。金の持つ偉大な力は、まさにそこにあるのだ。金はすべての不平等を平等にする。

フョードル・ドストエフスキー

私は何か善を行おうと思いながら、そこに喜びを感ずることができる。また同時に、悪を行いたいとも思い、そこにも喜びを覚えることもできる。

フョードル・ドストエフスキー

あの言葉はもちろん、思わず口からこぼれたのだが、思わず言っただけによけい重大なのだ。

フョードル・ドストエフスキー

思想は感情のなかから生まれる。そしてその思想が人のうちに根をおろすと、今度は新しい感情を形成する。

フョードル・ドストエフスキー

「私にはその行為に責任があるのだろうか?ないのだろうか?」という疑問が心に浮かんだら、あなたに責任があるのです。

フョードル・ドストエフスキー

金を持っている人間は、貧乏人がそのはかない運命を訴えることを聞くのが大嫌いである。

フョードル・ドストエフスキー

人間は卑劣漢として生きることができないのみならず、卑劣漢として死ぬこともできない。人間は清らかに死なねばならない。

フョードル・ドストエフスキー

文明のおかげで人間がより残忍になったとはいえないとしても、前よりも残忍さが醜悪になったことは確かだろう。

フョードル・ドストエフスキー

コロンブスが幸福であったのは、彼がアメリカを発見した時ではなく、それを発見しつつあった時である。幸福とは生活の絶え間なき永遠の探求にあるのであって、断じて発見にあるのではない。

フョードル・ドストエフスキー

苦痛と恐怖を征服した人間が、神となるのです。そのときにこそ新しい生がはじまる。新しい人間が生まれる。すべてが新しくなるのです。

フョードル・ドストエフスキー

人類の最も偉大な思考は、意志をパンに変えるということである。

フョードル・ドストエフスキー

金が何よりも卑しく、しかも厭わしいのは、それが人間に才能まで与えるからである。

フョードル・ドストエフスキー

女にとっての復活は、あらゆる破滅からの救いと更生は、愛のなかにある。

フョードル・ドストエフスキー

人間的なあつかいをすれば、神の似姿などとうの昔に消えてしまったような人をさえ、人間にすることができる。

フョードル・ドストエフスキー

しだいに高くそびえてゆく建物を見る喜びは、たとえ今までのところ、その建物にわずか一粒の砂を運んだにすぎない人でも、必ずや心の渇きをいやしてくれるはずである。

フョードル・ドストエフスキー

感情は絶対的である。そのうちでも嫉妬はこの世で最も絶対的な感情である。

フョードル・ドストエフスキー

神様が時間を少ししか下さらず、一日に僅か24時間しか割り振ってくださらなかったもんだから、悔い改めることはおろか、十分に眠る暇もありゃしない。

フョードル・ドストエフスキー

みんなのために自発的にいのちを捨てること、みんなのために十字架にのぼり、火刑の火の中に入ることは、個性が最も強度に発達したときに初めてできることである。

フョードル・ドストエフスキー

人間には愛がありさえすれば、幸福なんかなくったって生きていけるものである。

フョードル・ドストエフスキー

他人に尊敬されたいのなら、自分自信を敬うがいい。自分自身に敬意を払うことによってのみ、他人はあなたを敬うようになるだろう。

フョードル・ドストエフスキー

思いやりこそは最も重要な、そしておそらくは全人類の唯一の生活の規範なのだ。

フョードル・ドストエフスキー

人間というものは時として、何にそそのかされて我を押し通すのか、自分でも分からぬことがあるものだ。

フョードル・ドストエフスキー

善い人とは、強い人たちのことではなく、誠実な人たちのことである。

フョードル・ドストエフスキー

利口な女と嫉妬深い女とは、おのおの異なった、まったく別個なものである。したがって、どんなに利口な女でも、同時に嫉妬深い女になることができる。

フョードル・ドストエフスキー

苦痛こそ生活なのだ。苦痛がなければ、いったい人生にどんな快楽があろう。

フョードル・ドストエフスキー

人生は苦痛であり恐怖である。だから人間は不幸なのだ。だが今では人間は人生を愛している。それは苦痛と恐怖を愛するからだ。

フョードル・ドストエフスキー

新しい一歩を踏み出すこと、新しい言葉を発することは、人々が最も恐れることである。

フョードル・ドストエフスキー

神と悪魔が戦っている。そして、その戦場こそは人間の心なのだ。

フョードル・ドストエフスキー

人間という奴はいつでも、人に騙されるよりは自分で自分に嘘をつきたがるものなのだ。そして、無論、人の嘘より自分の嘘の方を余計に信じるのだ。

フョードル・ドストエフスキー

他人に対してもっとやさしく、もっと気を使い、もっと愛情を持つことです。他人のために自分を忘れること、そうすればその人たちはあなたを思い出してくれます。

フョードル・ドストエフスキー

理想主義者と現実主義者は、彼らが誠実で寛容でありさえすれば、その本質はおなじく、人類への愛であり、その対象はおなじく、人間であり、違っているのは、対象を表示する形式ばかりである。

フョードル・ドストエフスキー

よき時代は天から降ってくるものではなくて、わたしたちが自分でつくり出すものです。それはわたしたちの心の中にあるものなのですよ。

フョードル・ドストエフスキー

決して一か八かというきわどいところまで進んではいけない。それが夫婦生活の第一の秘訣である。

フョードル・ドストエフスキー

人間のできる唯一のことは、自分自身が精神的に成長することです。

フョードル・ドストエフスキー

幸福は幸福の中にあるのではなく、それを手に入れる過程の中だけにある。

フョードル・ドストエフスキー

堪え忍べ、働け、祈れ、そしてつねに希望を持て。これがわたしが全人類に一度に吹き込もうと願っている真理なのです!

フョードル・ドストエフスキー

人間として最大の美徳は、上手に金をかき集めることである。つまり、どんなことがあっても他人の厄介になるなということだ。

フョードル・ドストエフスキー

人間というものは、不幸の方だけを並べ立てて幸福の方は数えようとしないものなんだ。

フョードル・ドストエフスキー

人が子供を持つのは、たとえ自分は死んでも、子供たちが生涯自分の感情や考えを持ち続けてくれるからさ。

フョードル・ドストエフスキー

夫婦や恋人同士の問題には決して口をだしてはいけない。そこには世間の誰にも分からない、二人だけしか知らない一隅があるのだから。

フョードル・ドストエフスキー

あらゆる堕落の中で最も軽蔑すべきものは、他人の首にぶらさがることだ。

フョードル・ドストエフスキー

誰も彼もがお前を見捨て、もう力ずくでもお前を追い払おうとしたら、そのときはひとりきりになって、大地にひれ伏し、大地に接吻し、大地を、お前の涙でぬらしなさい。

フョードル・ドストエフスキー

「人類に対する愛」という言葉は、自分が心の中でつくりあげた人類に対する、つまり己に対する愛である。

フョードル・ドストエフスキー

人生で何よりも難しいのは、嘘をつかずに生きることだ。そして、自分自身の嘘を信じないことだ。

フョードル・ドストエフスキー

本当の真実というものはいつでも真実らしくないものだ。真実をより真実らしく見せるためには、どうしてもそれに嘘を混ぜる必要がある。だから人間はつねにそうしてきたものだ。

フョードル・ドストエフスキー

そうだ、僕のまわりには小鳥だの、木々だの、草原だの、大空だのと、こんなにも神の栄光があふれていたのに、僕だけが恥辱の中で暮らし、一人であらゆるものを汚し、美にも栄光にも全く気づかずにいたのだ。

フョードル・ドストエフスキー

金こそは取るに足らぬ人物を第一級の地位に導いてくれる唯一の道である。

フョードル・ドストエフスキー

自分はこの目のまえに立っている犯罪者とまったくおなじような罪人である。いや、自分こそ、この目のまえに立っている。人間の犯罪に対し、だれよりもさきに重い罪があるのだと、みずから認識しないかぎり、この地上には犯罪者を裁くことのできる者は存在しないのだ。

フョードル・ドストエフスキー

一杯の茶を飲めれば、世界なんか破滅したって、それでいいのさ。

フョードル・ドストエフスキー

娘が自分で惚れた男というのは、父親の目にはいつだって一番つまらない男に見えるものだ。

フョードル・ドストエフスキー
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