名言一覧

真の友を持てないのは全く惨めな孤独です。友人が無ければ世界は荒野に過ぎません。

フランシス・ベーコン

味見の為の本があり、丸呑みする為の本もあります。そしてごく少数の本だけが、かみしめ、消化する為にあります。

フランシス・ベーコン

眼を凝らして注意深く観察すれば、運命を見分けることができよう。運命は盲目だが、見分けられぬものでないから。

フランシス・ベーコン

浅薄な哲学は人の心を無神論に傾け、深遠な哲学は人の心を宗教へ導きます。

フランシス・ベーコン

自分の運をどう発展させていくかの問題は、その人の手中にしかありません。

フランシス・ベーコン

時間をぜんぜん消費しなければ、年において若くとも、時間においては老いていることもありえます。

フランシス・ベーコン

迷信の首魅は民衆です。すべて迷信においては、賢者たちが愚者どもに追随する。そして正常の場合とは反対に、まず実行があって、後から理論がこれに当てはめられます。

フランシス・ベーコン

風刺的な傾向を有する人間は、他人をして自分の機知をおそれさせると同時に、自分も他人も記憶を怖れる必要があります。

フランシス・ベーコン

歴史は人間を賢明にし、詩は多才あるものに、数学は鋭敏にし、自然哲学は深遠にし、倫理学は重厚ならしめ、論理学と修辞学は議論に秀でさせます

フランシス・ベーコン

真に栄誉は川のようなもので、軽くて、膨らんだものは支えて持ち上げるが、重くて充実したもの下に沈んでしまいます

フランシス・ベーコン

世に把握のために悪をなす者はいない。みんな悪によって利益・快楽・名誉を得ようと思って悪をなします

フランシス・ベーコン

虚偽を加味することは、金銀華の混合物のように、金属より実用に役立たせるかも知れないが、その質を低下させる

フランシス・ベーコン

裁判官としての職務は、法律を解明することに存し、法理とを制定することではありません

フランシス・ベーコン

天使は力において神と等しかろうと欲して法を破って堕ち、人間は知識において神と等しかろうと欲して法を破って堕ちました

フランシス・ベーコン

妻は若い男にとっては女主人であり、中年の男にとっては友であり、老年の男にとっては看護婦です

フランシス・ベーコン

すべてのものが変化するのは明らかだが、実際には消え失せるのではありません。物質の総量はつねに同じです

フランシス・ベーコン

妻子を持つ者は、運命に人質を入れたもなのです。というのは、妻子は善であれ、悪であれ、大事業の足でまといとなるからです

フランシス・ベーコン

人の天性は良草を生ずるか、雑草を生ずるか、そのいずれかです。だから、折を見て良草に水をやり、雑草を抜かねばならない

フランシス・ベーコン

我々は過去へ過去へと流されます。だから、流れに逆らうボートのように前へ前へと進み続けなければいけないのです。

スコット・フィッツジェラルド

物事をやり遂げるには、物事を続ける能力と同時に物事を初めからやり直す能力が必要とされます。

スコット・フィッツジェラルド

「誰かのことを批判したくなったときには、こう考えるようにするんだよ」と父は言いました。「世間のすべての人が、お前のように恵まれた条件を与えられたわけではないんだ」と。

スコット・フィッツジェラルド

一流の知性とは、同時にふたつの相反する考えを持ちつつ、さらにその両方を機能させつづける能力のことです。

スコット・フィッツジェラルド

偉大な小説は自分で筆をとります。ひどい小説は作家が筆をとるのです。

スコット・フィッツジェラルド

第一級の知性を計る基準は、二つの相対立する思想を同時に抱きながら、しかもそれらを機能させる能力を維持できるかどうかということでです。

スコット・フィッツジェラルド

意志には代用品がない。自分のなかに意志をまったく感じられないときは、嘘でもいいから意志をつくることです。

スコット・フィッツジェラルド

この世界にはあらゆる形の愛があるが、同じ愛は二つとありません。

スコット・フィッツジェラルド

大いなる思考は会議で生まれたことはなかったが、馬鹿な多くの考え方もそこで死滅しました。

スコット・フィッツジェラルド

良心の自由ほど魅惑的なものはないけれど、またこれほど苦しいものはないのだ。

フョードル・ドストエフスキー

太陽におなりなさい。そうすれば、誰もがあなたを仰ぎ見ることでしょう。

フョードル・ドストエフスキー

僕は、娼婦だ。1発4000ドルの娼婦であり、僕は、そのために40もの体位を熟知しています

スコット・フィッツジェラルド

挑戦をあきらめてしまうこと以外に敗北などない。自分自身の心の弱さ以外に乗り越えられない障害などない。

エルバート・ハバード

他人のせいにしない。他人の力をあてにしないで、自分でやる。言い訳なんかもちろん考えない。自分が見込まれ、自分が頼まれた以上、その信頼になんとしても応える。これがこの社会を支え、この世の文明を発展させていくのだ。

エルバート・ハバード

悩みは仕事よりも多くの人を忙殺する。なぜなら、多くの人たちが仕事よりも悩みと格闘しているからだ。

エルバート・ハバード

友人とは、あなたについて全てのことを知っているもかかわらず、あなたに親しみを持ってくれる人のことである。

エルバート・ハバード

未熟である間、私たちは成長し続ける。そして、熟したと思うときには、既に腐りかけているのだ。

エルバート・ハバード

恋の悩みや嫉妬はすべて退屈のなせるわざなのだ。惰性に押し潰されたのだ。

フョードル・ドストエフスキー

一番簡単で、いちばん明白な思想こそが、いちばん理解し難い思想である。

フョードル・ドストエフスキー

左翼は主として無神論の問題である。無神論に現代的な肉付けをした問題である。地上から天に達するためではなく、天を地上へ引き下ろすために、神なくしてたてられたバビロンの塔だ。

フョードル・ドストエフスキー

人は笑い方でわかる。知らない人に初めて会って、その笑顔が気持ちよかったら、それはいい人間と思ってさしつかえない。

フョードル・ドストエフスキー

絶望のなかにも焼けつくように強烈な快感があるものだ。ことに自分の進退きわまったみじめな境遇を痛切に意識するときなどはなおさらである。

フョードル・ドストエフスキー

苦しみと悩みは、偉大な自覚と深い心情の持ち主にとって、常に必然的なものである。

フョードル・ドストエフスキー

完全な自由というものは、生きていても生きていなくてもまったく同じになったとき、はじめて得られるものなんです。

フョードル・ドストエフスキー

人間には、幸福のほかに、それとまったく同じだけの不幸がつねに必要である。

フョードル・ドストエフスキー

人間の後半生は、通常、前半生で蓄積された習慣のみで成り立つ。

フョードル・ドストエフスキー

楽園は我々一人ひとりの内にあるのです。それは今私の内にもあるのです。

フョードル・ドストエフスキー

ある社会の文明の発達の度合いは、刑務所に入ってみることでわかる。

フョードル・ドストエフスキー

真の紳士は、持てる物をすべて失ったとしても感情を表してはならない。お金はまったく紳士の関心の外にあることであり、気にかける価値もない。

フョードル・ドストエフスキー

もちろん金は絶対的な力である。と同時に、平等の極致でもある。金の持つ偉大な力は、まさにそこにあるのだ。金はすべての不平等を平等にする。

フョードル・ドストエフスキー

私は何か善を行おうと思いながら、そこに喜びを感ずることができる。また同時に、悪を行いたいとも思い、そこにも喜びを覚えることもできる。

フョードル・ドストエフスキー

あの言葉はもちろん、思わず口からこぼれたのだが、思わず言っただけによけい重大なのだ。

フョードル・ドストエフスキー

思想は感情のなかから生まれる。そしてその思想が人のうちに根をおろすと、今度は新しい感情を形成する。

フョードル・ドストエフスキー

「私にはその行為に責任があるのだろうか?ないのだろうか?」という疑問が心に浮かんだら、あなたに責任があるのです。

フョードル・ドストエフスキー

金を持っている人間は、貧乏人がそのはかない運命を訴えることを聞くのが大嫌いである。

フョードル・ドストエフスキー

人間は卑劣漢として生きることができないのみならず、卑劣漢として死ぬこともできない。人間は清らかに死なねばならない。

フョードル・ドストエフスキー

文明のおかげで人間がより残忍になったとはいえないとしても、前よりも残忍さが醜悪になったことは確かだろう。

フョードル・ドストエフスキー

コロンブスが幸福であったのは、彼がアメリカを発見した時ではなく、それを発見しつつあった時である。幸福とは生活の絶え間なき永遠の探求にあるのであって、断じて発見にあるのではない。

フョードル・ドストエフスキー

苦痛と恐怖を征服した人間が、神となるのです。そのときにこそ新しい生がはじまる。新しい人間が生まれる。すべてが新しくなるのです。

フョードル・ドストエフスキー

人類の最も偉大な思考は、意志をパンに変えるということである。

フョードル・ドストエフスキー

金が何よりも卑しく、しかも厭わしいのは、それが人間に才能まで与えるからである。

フョードル・ドストエフスキー

女にとっての復活は、あらゆる破滅からの救いと更生は、愛のなかにある。

フョードル・ドストエフスキー

人間的なあつかいをすれば、神の似姿などとうの昔に消えてしまったような人をさえ、人間にすることができる。

フョードル・ドストエフスキー

しだいに高くそびえてゆく建物を見る喜びは、たとえ今までのところ、その建物にわずか一粒の砂を運んだにすぎない人でも、必ずや心の渇きをいやしてくれるはずである。

フョードル・ドストエフスキー

感情は絶対的である。そのうちでも嫉妬はこの世で最も絶対的な感情である。

フョードル・ドストエフスキー

神様が時間を少ししか下さらず、一日に僅か24時間しか割り振ってくださらなかったもんだから、悔い改めることはおろか、十分に眠る暇もありゃしない。

フョードル・ドストエフスキー

みんなのために自発的にいのちを捨てること、みんなのために十字架にのぼり、火刑の火の中に入ることは、個性が最も強度に発達したときに初めてできることである。

フョードル・ドストエフスキー

人間には愛がありさえすれば、幸福なんかなくったって生きていけるものである。

フョードル・ドストエフスキー

他人に尊敬されたいのなら、自分自信を敬うがいい。自分自身に敬意を払うことによってのみ、他人はあなたを敬うようになるだろう。

フョードル・ドストエフスキー

思いやりこそは最も重要な、そしておそらくは全人類の唯一の生活の規範なのだ。

フョードル・ドストエフスキー

人間というものは時として、何にそそのかされて我を押し通すのか、自分でも分からぬことがあるものだ。

フョードル・ドストエフスキー

善い人とは、強い人たちのことではなく、誠実な人たちのことである。

フョードル・ドストエフスキー

利口な女と嫉妬深い女とは、おのおの異なった、まったく別個なものである。したがって、どんなに利口な女でも、同時に嫉妬深い女になることができる。

フョードル・ドストエフスキー

苦痛こそ生活なのだ。苦痛がなければ、いったい人生にどんな快楽があろう。

フョードル・ドストエフスキー

人生は苦痛であり恐怖である。だから人間は不幸なのだ。だが今では人間は人生を愛している。それは苦痛と恐怖を愛するからだ。

フョードル・ドストエフスキー

新しい一歩を踏み出すこと、新しい言葉を発することは、人々が最も恐れることである。

フョードル・ドストエフスキー

神と悪魔が戦っている。そして、その戦場こそは人間の心なのだ。

フョードル・ドストエフスキー

人間という奴はいつでも、人に騙されるよりは自分で自分に嘘をつきたがるものなのだ。そして、無論、人の嘘より自分の嘘の方を余計に信じるのだ。

フョードル・ドストエフスキー

他人に対してもっとやさしく、もっと気を使い、もっと愛情を持つことです。他人のために自分を忘れること、そうすればその人たちはあなたを思い出してくれます。

フョードル・ドストエフスキー

理想主義者と現実主義者は、彼らが誠実で寛容でありさえすれば、その本質はおなじく、人類への愛であり、その対象はおなじく、人間であり、違っているのは、対象を表示する形式ばかりである。

フョードル・ドストエフスキー

よき時代は天から降ってくるものではなくて、わたしたちが自分でつくり出すものです。それはわたしたちの心の中にあるものなのですよ。

フョードル・ドストエフスキー

決して一か八かというきわどいところまで進んではいけない。それが夫婦生活の第一の秘訣である。

フョードル・ドストエフスキー

人間のできる唯一のことは、自分自身が精神的に成長することです。

フョードル・ドストエフスキー

幸福は幸福の中にあるのではなく、それを手に入れる過程の中だけにある。

フョードル・ドストエフスキー

堪え忍べ、働け、祈れ、そしてつねに希望を持て。これがわたしが全人類に一度に吹き込もうと願っている真理なのです!

フョードル・ドストエフスキー

人間として最大の美徳は、上手に金をかき集めることである。つまり、どんなことがあっても他人の厄介になるなということだ。

フョードル・ドストエフスキー

人間というものは、不幸の方だけを並べ立てて幸福の方は数えようとしないものなんだ。

フョードル・ドストエフスキー

人が子供を持つのは、たとえ自分は死んでも、子供たちが生涯自分の感情や考えを持ち続けてくれるからさ。

フョードル・ドストエフスキー

夫婦や恋人同士の問題には決して口をだしてはいけない。そこには世間の誰にも分からない、二人だけしか知らない一隅があるのだから。

フョードル・ドストエフスキー

あらゆる堕落の中で最も軽蔑すべきものは、他人の首にぶらさがることだ。

フョードル・ドストエフスキー

誰も彼もがお前を見捨て、もう力ずくでもお前を追い払おうとしたら、そのときはひとりきりになって、大地にひれ伏し、大地に接吻し、大地を、お前の涙でぬらしなさい。

フョードル・ドストエフスキー

「人類に対する愛」という言葉は、自分が心の中でつくりあげた人類に対する、つまり己に対する愛である。

フョードル・ドストエフスキー

人生で何よりも難しいのは、嘘をつかずに生きることだ。そして、自分自身の嘘を信じないことだ。

フョードル・ドストエフスキー

本当の真実というものはいつでも真実らしくないものだ。真実をより真実らしく見せるためには、どうしてもそれに嘘を混ぜる必要がある。だから人間はつねにそうしてきたものだ。

フョードル・ドストエフスキー

そうだ、僕のまわりには小鳥だの、木々だの、草原だの、大空だのと、こんなにも神の栄光があふれていたのに、僕だけが恥辱の中で暮らし、一人であらゆるものを汚し、美にも栄光にも全く気づかずにいたのだ。

フョードル・ドストエフスキー

金こそは取るに足らぬ人物を第一級の地位に導いてくれる唯一の道である。

フョードル・ドストエフスキー

自分はこの目のまえに立っている犯罪者とまったくおなじような罪人である。いや、自分こそ、この目のまえに立っている。人間の犯罪に対し、だれよりもさきに重い罪があるのだと、みずから認識しないかぎり、この地上には犯罪者を裁くことのできる者は存在しないのだ。

フョードル・ドストエフスキー

一杯の茶を飲めれば、世界なんか破滅したって、それでいいのさ。

フョードル・ドストエフスキー

娘が自分で惚れた男というのは、父親の目にはいつだって一番つまらない男に見えるものだ。

フョードル・ドストエフスキー

どうか偶然なんてことをあてにしないでください。偶然のない人生というのもあるのですから。

フョードル・ドストエフスキー

人間は従順な動物である。どんなことにも馴れてしまう存在である。

フョードル・ドストエフスキー

幼年時代の思い出から得た神聖な貴重なものなしには、人間は生きてゆくこともできない。

フョードル・ドストエフスキー

もし他に方法がなければ乞食になってもいい。しかも乞食になったらその日から、手に入ったお金は自分のためにも、家族のためにも、無駄なことに絶対に浪費しないという徹底的な粘り強さ、これさえあれば、人間は誰でも金持ちになれるものである。

フョードル・ドストエフスキー

ほんとうに人間はだれでも、すべての人に対し、すべてのことについて罪があるのです。人びとはただそれを知らないだけです。

フョードル・ドストエフスキー

人間が不幸なのは、自分が幸福であることを知らないからだ。ただそれだけの理由なのだ。

フョードル・ドストエフスキー

宗教の目的とは、自己を調御することであって、他者を批判することではありません。

ダライ・ラマ14世

昨日が去って、今日が来ます。大事なことはそれを意味のあるものにすることです。

ダライ・ラマ14世

愛や思いやりは必需品であって、贅沢品ではありません。愛がなければ、人類は生き残ることができません。

ダライ・ラマ14世

慈悲や寛容といった美徳の実践を我々に教えてくれるのは、敵対するあの人です。

ダライ・ラマ14世

出会う人とは誰とでも、古い友だちのように接するようにしています。この習慣は、純粋な幸福感を生みます。思いやりの実践だからです。

ダライ・ラマ14世

慈悲の心は我々の恐れを小さくし、自信を増大させ、また内なる力に気づくために必要だ

ダライ・ラマ14世

自分には出来ないなど考えていたら、どんなことだろうと達成することはないでしょう。自分には出来ないという考えこそが、自分を失敗へ導いてしまうのです。

ダライ・ラマ14世

誰もが生まれつきの敵であったり、友であったわけではありません。「敵」も「友」も、自分が人々とどう接するかで生まれるのです。

ダライ・ラマ14世

あなたが勝利を得ることが出来なくても、そこから学んだことまで捨てる必要はないのです。

ダライ・ラマ14世

1年に1度は、これまであなたが行ったことのない場所に、行くようにしなさい。

ダライ・ラマ14世

哲学にはいろいろありますが、基本的に重要なのは、思いやり、他人への愛、他人の苦しみの気遣い、そして身勝手さの排除でなのです。思いやりの気持ちは、この世でもっとも重要なものであり、人間のみが持つことができるものです。優しい心や温かい心を備えていれば、幸せで、満ち足りた状態になれる。そして、友人たちも友好的で平和な雰囲気を味わえることでしょう。これは国籍・文化・宗教に関係なく言えることです。

ダライ・ラマ14世

どんな大きな流れも、きっかけは一人の小さな行動から生まれます。もしあなたが「自分には大したことなど出来ない」と思ってしまったら、それは世界にとって大きな損失となるのです。

ダライ・ラマ14世

私たちはこの世界において皆で協力して生きています。だから、どれだけ他人の役に立てるかを、人生の目標にもってこなくてはなりません。

ダライ・ラマ14世

自分のしたいことが、知らず知らずの内に人の役にたっている形になるまで、修行を積む必要があります。

ダライ・ラマ14世

誰もが願っている幸福な人生。あなたはどうしたら幸せを見出せるのだろう。そのためになにより大切なのは、あなたの中にある、穏やかで優しい「思いやり」の心をはぐくむことだ

ダライ・ラマ14世

大きくなるにつれて、愛情、友情、助けあいということに、あまり重きを置かなくなります。人種、宗教、国籍といったことが大切になってきます。もっとも大切なことを忘れ、どうでもいいことに重きを置くようになります

ダライ・ラマ14世

知識だけを与えて思いやりを教えなければ、おそらくその子は自分より上の立場の人には妬みを、自分と同等の人には激しい競争心をおぼえ、自分より恵まれない人には軽蔑の念をもって接するようになるでしょう

ダライ・ラマ14世

あなたが成功を得るために諦めなくてはならなかった物によってあなたの成功を判断しなさい

ダライ・ラマ14世

あなた自身を敬う気持ち他の者を敬う気持ちを持ちあなたの行動に責任を持ちなさい

ダライ・ラマ14世

誰かと出逢って自分の方がこの人よりましだな、と思うときが時々あります。そんな時、私はその人のよいところを探します

ダライ・ラマ14世

私たちは肩を寄せ合って生きています。だから、この世における私たちの第一の目的は、他人の役に立つことです。たとえ他人の役に立てない者でも他人を傷つけてはいけません

ダライ・ラマ14世

他人の何千もの欠点に目をつけるより、自分の唯一の欠点に気付くほうがよほど役に立ちます。自分の欠点なら、わたしたちは自信をもって修正できる立場にあるからです

ダライ・ラマ14世

仏教徒として自分たちの教えを実践しながらも、その他の信仰、キリスト教やユダヤ教などを尊重しなければなりません。

ダライ・ラマ14世

あなたが欲しいものを得られないということは、時としてすばらしい幸運のめぐり合わせであることを忘れないように

ダライ・ラマ14世

大きな愛や仕事には大きなリスクがつきものだということを考慮にいれなさい

ダライ・ラマ14世

人に幸せになってもらいたいと思うなら、思いやりを学びなさい。自分が幸せになりたいと思うなら、思いやりを学びなさい

ダライ・ラマ14世

大きな人の流れも、一人の人が動くところから生まれます。もしもあなたが、自分には大したことはできないと思ってしまったら、隣にいる人も意気をそがれてしまい、大きなチャンスを逃すことになるでしょう。反対にわたしたち一人一人が利他的に動くことによって、ほかの人を力づけることができるでしょう

ダライ・ラマ14世

自分のことしか考えない人は、苦しみのうちに人生を終えます。他人のことしか面倒をみない人は、考えなくても自分の面倒もみています

ダライ・ラマ14世

あなたが間違いを犯したことに気づいたときには、それを正すための手を即座に打ちなさい

ダライ・ラマ14世

充足させたと思ってもいっそう強くぶり返してくるのが欲望の本性です。この罠にかかる人は、海水を飲む渇いた人に似ています。飲めば飲むだけ、喉が渇きます

ダライ・ラマ14世

最高の人間関係とはお互いを愛する気持ちのほうが、お互いを必要とする気持ちよりも勝るものであるものだということを忘れないように

ダライ・ラマ14世

好きな人と口論になったときに、現在の状況だけについて問いなさい、過去のことは持ち出さないように

ダライ・ラマ14世

之が私のわかりやすい宗教です。寺など必要ではありません、難しい哲学も必要ではありません。私たち自身の頭と心が私たちの寺なのです。そしてその哲学とは優しさです

ダライ・ラマ14世

子どもを褒めるのは、行為を正す最も効果的な方法のひとつです。たとえば、誤りを指摘する前に、まず子どもを褒めるのです。『きみは賢いんだから、この間違いを直すことができるよね』と言うのです

ダライ・ラマ14世

怒り、いさかい、嫉妬、激しい競争によって友情は生まれるでしょうか。友をつくる最良の方法とは、非常に思いやりのある人間になることです。親愛の情だけが、真の親友をもたらします

ダライ・ラマ14世

自分に親切でなくては、他人にそうあることはできません。他人に愛情と優しさを感じ、彼らが幸福で苦しまないことを望むには、同じことをまず自分自身に願わねばなりません

ダライ・ラマ14世

どれほど崇高な目標があったとしても、極端な努力をしてしまうと、続かなくなります

ダライ・ラマ14世

憎んだり怒ったり不幸せになったりしても、相手が持っている物や成功に影響を及ぼさないことを思い出してください。この点から考えても、腹を立てるのは無意味なことなのです

ダライ・ラマ14世

苦しみがこの世にあることによって、私たちは喜びを感じることが出来るのです

ダライ・ラマ14世

幸福は思いやりの心から生じるものであって、怒りや憎しみからは生じません

ダライ・ラマ14世

わたしたち人間には、愛や思いやりを称えられる能力があります。このささやかな能力こそ、人間のもっとも大切な天分だとわたしは思うのです

ダライ・ラマ14世

本当の愛と執着を区別しましょう。前者は、何の見返りも期待せず、状況に左右されません。後者は、出来事や感情次第で変わります

ダライ・ラマ14世
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