名言について
関ヶ原の功により筑前を与えられた黒田家は、新たに築いた城を、一族ゆかりの地である備前国福岡にちなんで「福岡城」と名付け、城下一帯を福岡と呼ぶようにしました。今の福岡市の名の由来です。(長政自身の言葉ではなく、史料・事績をもとにまとめた要約です。)
関連名言
軍は死生の境なれば、 分別するほど大義の合戦は なりがたきものなり
これはそちのためにしているのだ。乱心ではない。
神の罰より主君の罰おそるべし。主君の罰より臣下の罰おそるべし。そのゆえは神の罰は祈りてもまぬるべし。主君の罰は詫言して謝すべし。ただ臣下百姓にうとまれては必ず国を失う。ゆえに祈りても詫言してもその罰はまぬかれがたし。ゆえに神の罰、主君の罰より臣下万民の罰はもっとも恐れるべし。
総じて人には得手、不得手のあるものなり
金銀を用いるべき事に用いなければ、石瓦と同じである。
義にあたりて命を惜むべきにあらず
我れ人に媚ず、富貴を望まず
大将たる人は、威厳というものがなくては、万人を押さえることができぬ。さりながら、悪く心得て、威張ってみせ、下を押さえ込もうとするのは、かえって 大きな害である。
さてさて天の加護を得させ給ひ、もはや御心のままに成たり
黒田長政について

黒田 長政(くろだ ながまさ)は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武将・大名。筑前国福岡藩初代藩主。
引用:Wikipedia














