名言について
元和9年(1623)、長政は病床に重臣の栗山利章・小河正直を呼び、徳川の天下は父・如水と自身の功績によるものだとして、将来お家存亡の危機が訪れたときには、それを幕府に主張して乗り切るよう命じました。(長政自身の言葉ではなく、史料 ・事績をもとにまとめた要約です。)
関連名言
軍は死生の境なれば、 分別するほど大義の合戦は なりがたきものなり
これはそちのためにしているのだ。乱心ではない。
神の罰より主君の罰おそるべし。主君の罰より臣下の罰おそるべし。そのゆえは神の罰は祈りてもまぬるべし。主君の罰は詫言して謝すべし。ただ臣下百姓にうとまれては必ず国を失う。ゆえに祈りても詫言してもその罰はまぬかれがたし。ゆえに神の罰、主君の罰より臣下万民の罰はもっとも恐れるべし。
総じて人には得手、不得手のあるものなり
金銀を用いるべき事に用いなければ、石瓦と同じである。
義にあたりて命を惜むべきにあらず
我れ人に媚ず、富貴を望まず
大将たる人は、威厳というものがなくては、万人を押さえることができぬ。さりながら、悪く心得て、威張ってみせ、下を押さえ込もう とするのは、かえって大きな害である。
さてさて天の加護を得させ給ひ、もはや御心のままに成たり
黒田長政について

黒田 長政(くろだ ながまさ)は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武将・大名。筑前国福岡藩初代藩主。
引用:Wikipedia




















