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三年の間、我死したるを隠して国をしづめ候へ

武田信玄

名言について

西上作戦の途中で病に倒れた信玄が、自分の死を三年間隠して国を安定させよと遺言したと伝わる言葉です。自らの存在が他国への抑止力になっていることを冷静に計算した、戦国大名らしい遺言です。

武田信玄について

武田信玄

武田信玄(1521-1573)は甲斐国(現在の山梨県)の戦国大名で、名を晴信といいます。1541年に父・信虎を駿河へ追放して家督を継ぎ、信濃の大半を支配下に収め、越後の上杉謙信とは川中島で幾度も戦いました。分国法「甲州法度之次第」の制定や、信玄堤に代表される治水などで領国経営にも力を注ぎました。1572年に西へ兵を進めて三方ヶ原で徳川家康を破りましたが、翌年、陣中で病に倒れ亡くなりました。

引用:Wikipedia

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